自虐フィルタ

勝ち組負け組なんて言葉は全くもって最低であるのだけど。
負け組とか、ダメ男ダメ女と自嘲してしまうことで
なんとなく自分を救ってしまうような気持ちは分かる。


それはね、きっと
自信を、もっとみんな持っていたいんだけども
やっと頑張ってかかげた自信を他者から否定される時の免疫が薄いのだよね。
他者から攻撃されるくらいなら最初っから自信なんて持たない方がいい。というような。
それをもって自嘲してしまって事なきを得る感覚、とてもよく分かる。


でも、人を、根拠ない基準で勝ち負けに分ける人は信用できない。やっぱり。
というか社会的立場において勝ち負けってのは理解不能。
30代未婚子無しが負け組みとは思えないのよ、どう考えても。
年収だって、ほんとに。分不相応を考えよ、と言いたい。



そんなんじゃなくて、勝ち負けってのは
もっと根本な問題。北風と太陽みたいなもんで。



先日友人と話していて、
友人の些細な一言で、勝ち負けっていうのは本当にあるのかもしれないなぁと
叩きのめされるくらいに思わされた。
他者からの肯定や承認と賞賛。
そんなものに囲まれている人の天真爛漫な発言には
逆立ちしてもかなわねえや。と思った。
わたしの闇発言も、理解してもらえなかった。
息を殺すようにしていても攻撃される時の気持ちとか、
絶対分からないんだろうなぁ。
そう思ったとき、わたしは初めて負け組勝ち組を感じたのだった。



本音の大真面目な文章を書く機会を得た。
本音全て、書いていいはずなのに
どっかで自虐と回りくどい比喩と沢山の句読点をつけようとしているわたし。
ああ、そうか、ここでは自虐いらないんだ。
可愛いことかいたっていいんだ。
ということに気付いたら、文章が書きづらくなった。
自虐フィルタを通すことで
というか通さないと恥ずかしくて文章が書けなくなっている。これは問題だ。